女性が活躍する世の中になってきました。
家庭を守る女性は昔から強くてたくましいものなんですが・・・

社会に出ることによってますます強くなってくるのでしょうか(笑)
そんな女性にも海外勤務、出張などなど会社命令があると思います。

(強い)大和なでしこが民間外交官として大きな役割を果たす場も
あるかと思います。

ということで杉浦千畝氏(1900-1986)の人道支援の話は心に留めて
おいたほうがいいと思います。

杉原千畝氏は命のビザを独断で発給し約6000人もの迫害されたユダヤ人を
助けた人でした。
自分の身分を投げ打っても人道支援をした英雄です。

そんな日本人がいたことを誇りに思いたいですね。

杉原畝氏は6人兄弟の2男として岐阜県八百津町に生まれた。

12歳の時に英語に出会い、英語で身を立てたいと決心する。
世界に飛び出す翻訳ソフト「ヤラクゼン」

大正6年、17歳の時に家族に医者になれといわれたが
自分にはなりたい職業があったので医者にはならず、勘当されて東京に出る。

独力で英語を学び早稲田に入る。18歳。
ありとあらゆる生活をしながら1919年5月外務省留学試験
を受験する。しかしこの年には英語がなくスペイン語を希望して
受験する。合格してロシア語の担当になり、その後ハルピンへ
留学することになる。

そんな苦労をしながら勝ち得た外交官の仕事だった。

リトアニア領事館で従事していた時にヨーロッパではドイツのユダヤ人
迫害が行われていた。

ナチスの目から逃れるために日本領事館へユダヤ人たちが逃れてきた。

そんな人たちを無視する訳に行かず国の命令を無視して
ユダヤ人にビザを発給、彼らを救った。

当然日本国へ戻った時には外交官の職は解かれた。

20年後、助けら
れ生き残ったユダヤ人の一人が感謝の意を
伝えるために杉原千畝氏に面会に来た。

イスラエルから勲章を受け1074年にはイスラエルの恩人として
表彰されたのです。

杉原千畝氏のような外交官、今もいてほしいものです。