日本を代表する東芝に立て直したことで知られている土光敏夫さん
公私を峻別しつねに身ぎれいな生き方を」モットーにしていました。

国の為、行政改革を成功させたのはメザシの土光さんだったからでしょう。

無駄なお金は使わない質素倹約を絵に書いた人だったという。

社では幹部に厳しかったが従業員の首は斬らない社長でした。
と「母の力」(文藝春秋 出町 譲著)に書かれています。

そんな偉大な土光さんを育てた母親はどんな人だったでしょう。

片手授乳し片手で本を読んでいたという。
名は土光登美、明治4年岡山県生まれ。

土光氏が「母は非常に強い意志を持っていた。子供に対しては
実に寛大で・・・母は全てを許してくれた」と述べています。

登美さんは60歳くらいの時にピアノを習い、琵琶や謡曲を習ったという。

70歳になってから神奈川県鶴見に橘女学校を創設しています。

「どのお子さんにも入学しtもらいましょう、」と差別のない教育を
目指していました。

土光さんのことを「コツコツと頑張り、会社では出世している」と語っています。

こつこつ頑張る力は母に教えられたのでしょう。

「東芝」という会社を見れば土光さんの偉大さが分かります。