ガラスペンで京都の舞妓さんのぬり絵に挑戦、

国産手づくりのガラスペンは最後の一滴まで出てきます。
作りの良いことは実感できますが、初めての塗り絵をした時に、ペンの角度やインク量が判断できませんでした。にじんだり、濃すぎたり、かすれりと試行錯誤をしてやっと出来上がりました。

塗り絵なんて自分自身でやるのは子供の時以来です。

ガラス製ですから筆のような繊細な塗り方は難しいです。
袖口は塗りすぎてしまいましたが着物の色に満足しています。

ところで舞妓さんの美しさへの手入れは大変だと想像します。
最近は舞妓さんが自由に歩くことができないほど外国人観光客が押し寄せているというニュースがあります。

邪魔しない程度に舞妓さんを舞妓さんらしく歩かせてあげたいですね。
気遣いも大切なことです。

原画はミシンメーカー、機器メーカーで知られているブラザーさんの無料塗り絵をダウンロードして使っています。

1本のガラスペンでいろいろな色を楽しむ

ガラスペンの発祥地は日本

見た目がきれいな日本製のガラスペンを使っています。
1本のガラスペンでいろいろな色を楽しむことが出来るからです。

ガラスペンは☜こちらで購入できます。

毛筆のような繊細な字は書けませんがペン先のインクが減ってくると色が薄くなり字の変化が生まれます。

インクの使い方

インクはペン先をちょっと浸すくらいで十分です。
インクをたくさん入れると字がにじんでしまいます。
その塩梅が必要ですが、書いているうちに慣れてきます。

ガラス素材ですから、インク瓶の縁で振ったりぶつけたりするのはやめましょう。


水で洗い落とす

インクの色を変えたい場合は一旦水の中で落とします。
ティッシュペーパーで軽く拭きます。
ペン先はからっぽになって次の色を入れることが出来るのです。
毛細管現象というものです。

手紙を書いたり、絵を描いたりするときに重宝します。
気軽に書ける絵手紙などには最適です。

ペン先が摩耗したら

運悪くガラスペンを落としたりすると先が割れてしまいます。
丁寧に使用することが大切ですが先が摩耗してきた場合は紙やすりで手入れするとよいです。

音を楽しむ

ガラスペンが「ガリガリ」という音をたてます。
字を書いているんだと肌で感じます。

不便なところ

インクを揃えなければならないことです。
ですから実用的ではなく趣味の世界に向いています。


祝・子どもの日

子供の日が制定された時代

敗戦から数年後の1948年に端午の節句から「子供の日」に名称が変更されました。
制定は「端午の節句」の由来を知らないアメリカ人の影響が大きかったようです。

もともとは男子の節句だったので、こいのぼりを揚げる意味や武者人形を飾る意味があったのです。男の子も女の子もどちらも大切な子供たちなので「子供の日」に異論はありませんが文化や歴史には意味があることだけは知っておいた方がよいのではないでしょうか。

鯉のぼり

住宅事情で今は鯉のぼりを揚げられない家が多いなか社会事情や考えの変化も加わり町から消えて行ってしまいました。
しかし、持ち寄って河原で揚げたりする地域が各地で見られます。
多くの鯉が一堂に会して泳ぐ姿は圧巻です。

五月人形

男子の誕生にお祝いとして贈られた五月人形です。
子どもたちがおもちゃの刀でチャンチャンバラバラしていた頃から何十年もの年月が経ちました。新しいものを購入せずに孫の代にまで楽しめることで実家や親の散財も減ります。
古いものを大切に守っていくことは日本人の私たちが得意とするところです。

生活

この時期は新緑や若葉が楽しめる時期です。
柏餅は、柏の葉を使って中の餅団子を包みます。
柏の木は高くまっすぐに伸びることから縁起物として使われてきました。
柏餅は男の子が立派に育つようにと願いが込められた食べ物となっています。

菖蒲が育つ時期でもあるので「尚武」にかけて菖蒲の葉を湯船に入れます。
このような習慣や言い伝えが古臭いものとならないように伝えることも重要です。

アメリカ合衆国50州を筆ペンで書いてみました

友好国のアメリカの選挙結果をハラハラして見守っています。
あるサイトでリンカーンの言葉が出ていたのでご紹介します。

America will never be destroyed from the outside.If we falter and lose our freedom,it will be because we destroyed outside.

‘Abraham Lincoln

今回、a brilliant woman of courage と呼ばれる女性の活躍がすごいですね。
こういう人こそが真に強い女性と言えるのでしょう。
その人の名はシドニーパウエル女史。

動画の途中でチェックや筆を休めている場面があります。
50州を書くのにスペルチェックをしながら書いているので時間がかかってしまいました。

ミシシッピーの単語はssiが二度続いた後ppiiとなり[i]が多いのが驚きです。

カラー筆ペンで英語筆記体◇gold,blue,sky blue…..

カラー筆ペンで、昔取った杵柄(とまではいきませんが)で中学校の時に必須だった筆記体を書いてみました。
今の学生は、筆記体は必須でなくブロック体で勉強しているようです。
筆記体は読みづらいということでしょうか。

大文字のスタイルは現在と昔と書き方が変わっているのものもあるかもしれません。
最近はカリグラフィーアートが人気のようでネットで美しい筆記体を見ることができます。

この動画の筆ペンは、ぺんてる製品を使っています。
書いた文字色は、gold,bule,skyblue,lemon yellow,purple,yellow orangeです。

個人的に書きやすい色はgoldでした。筆のサイズも少し小さいですが、金色の出方が良かったのか、墨の質がgoldだけに違ったのか分かりませんが、goldのインクは書道の墨に近い気がしました。

筆の動き

筆で英語を書く機会がないのでl(小文字のエル)を書くときに滑らかに行きませんでした。
しかし、blueカラーがその欠点を補っています。

音楽

筆記体を書いている時にバックグラウンドに音楽が流れています。
筆の動きを助けてくれるような音楽を選んでみました。

60’s~70’s懐かしのアメリカンソング

新型コロナウイルス感染予防のため、おうちに居よう Stay Homeという言葉が世界中で叫ばれています。

そんななか、家でパソコンを通して音楽を楽しむ時間が少しだけでき、懐かしいアメリカンポップスを聞いています。

60’s~70’s懐かしのアメリカンソング

SF Bay Bridge 当時の絵ハガキがアルバムに残っていました。

当時アメリカを旅しながら聞いた曲などを集めました。
・サイモン&ガーファンクルThe Sounds of Silence,明日にかける橋、ミセスロビンソン、
・フランクシナトラTheme From New York,New York,New York, My Way, Fly me To The Moon,I can’t Stop loving You,
・トムジョーンズGreen Green Grass of Home,
・ニールダイアモンドSweet Caroline,
・ピーターポール&マリー500 Miles,
・ジョンデンバーTake Me Home,Country Roads,

60年代70年代は日本もアメリカもbabyboomer(団塊世代)が夢と希望に溢れていた時であり、その一方ベトナム戦争で傷つくアメリカ人、日本では学生運動が勃発するという時代でもありました。

戦後生まれの団塊の世代の多くは外国に憧れを持つ人が多かった。
もちろん、反米の若者も多かった。

当時はまだまだ自由に海外旅行に行けなかったので(日本円での持ち出しも厳しく決められていた)見知らぬ外国に夢と希望を持つことは自然な事だった。
そういう時代に訪米する機会に恵まれて出会った曲が青春時代の1ページを飾っています。

サイモン&ガーファンクルThe Sounds of Silence,明日にかける橋、ミセスロビンソンの曲、映画はまさにその当時に大ヒットしたものでした。

フランクシナトラのNew York、ある場所ではゴミが散乱していて驚き、一人で出歩かないことを引率者から強く言われていました。
ゴーゴーが流行っていて怖いもの知らずで踊りに行った。
楽しく刺激的な踊りがその後日本にも入ってきました。

PANAM

アメリカの長い長い道を走りながらの歌は500マイルやカントリーロードでした。 

新型コロナウイルス感染予防

4月16日朝のNHKニュースで400人余りの感染者から分かったことを伝えていました。

感染者の率

高血圧症の人 39.7%
呼吸器等持病 22.7%
糖尿病の人 19.7%
慢性疾患の人  7.9%
癌患者    1.5%

致死率

呼吸器等持病 10.5%
糖尿病     7.3%
慢性疾患    6.3%
高血圧症の人 6%
癌患者     5.6%

予防

免疫細胞が抗体を作って攻撃する。
抗体を作るのが間に合わないと感染するが、免疫細胞は抗体だけではない。

免疫を作るのはバランスの良い食事、十分な睡眠が必要とのことです。



視聴者からの質問

蚊から感染するかとの質問には、科学的根拠がない。
煙者の場合煙草を握った手から口へ入ることが考えられることから重症化のリスクが高。



 

若いお母さんから経験豊富なお母さんまで

ショートショートアニメでお母さんの顔を作ってみました。
上をクリックしていただけるともう一人のお母さんが右から出てきます。

画像ソフトはadobeを使っていますがまだまだ初心者ですから使いこなせていません。
真ん中の絵は自分の世代です。(こんなに可愛くありませんが(汗)

明治生まれの祖母(明治時代の教科書を掲載)から大正生まれの母親、そして昭和世代の自分自身を通して見ると世の中の変化ととともに教育、しつけなどの違いはありましたが、精神的な心構えは同じだったと記憶しています。

女性がいろいろな意味で強いのは、全く環境の違う家庭に嫁いでその家庭に染まっていくからだと思います。
経験からそう言えますが、時代の変化とともに家族の在り方が変わってきました。
いいことだと思います。

山形県など東北地方は同居世帯が多いと聞いていますが、お互いが協力し合う点では見習わなければ・・・。